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このページは、「固体物理」Vol. 36, No.4, (2001) pp. 231-239 に掲載された記事の原稿を公開したものである。

フラーレンを内包したカーボンナノチューブ
片浦弘道

東京都立大学大学院理学研究科物理学教室
〒192-0397東京都八王子市南大沢1−1


1.はじめに
 1985年のKrotoら1)によるフラーレンC60の発見以降,Kratschmerら2)によるフラーレンの大量合成,単離・精製の成功,飯島による多層ナノチューブ3)及び単層ナノチューブ4)の発見,Samlleyグループによる単層ナノチューブの高純度合成5),Bernierグループによる大量合成6),精製の成功7)と続き,今日物性研究者は0次元のフラーレン,1次元のナノチューブ,2次元のグラファイトと,同じ炭素sp2結合により構成される3種のネットワーク固体を得ることができるようになった.固体の性質はネットワークの次元性に強く依存する.これらのsp2炭素固体相は,その研究対象として理想的な系の一つであり,新規物性発現を目指した研究が盛んに行われている.
さて,これだけきれいに出そろうと,これらの素材を組み合わせて,混合ネットワーク固体を作りたくなる.効率よく合成される単層ナノチューブの直径が1.4 nm程度であり,C60の直径が0.7 nm程度であるから,ナノチューブの内側にC60を入れるとちょうど良くおさまることは分かっていた.多くの研究者が思い描いたであろう超分子構造であるが,実際の試料を丹念に調べても,そのような構造はほとんど見つからず,ナノチューブの合成を行っている研究グループの多くは,生成は不可能であると考えていた.
フラーレンを内包したナノチューブをはじめて発見したのは,ペンシルベニア大のLuzziら8)である.ナノチューブのアニーリング効果を調べるために,rice大の精製ナノチューブを真空中で高温処理し,電子顕微鏡観察している過程で発見した.これは,硝酸による精製過程で穴のあいたナノチューブと,不純物として含まれていたフラーレンを一緒に加熱したことにより偶然に生成されたものである.彼等はこの物質をnano-peapodもしくはfullerene-peapodと呼んだ.ここでpeapodとはエンドウ豆のことである.fullerene-peapodの発見はナノチューブの場合と同様に,高度な電子顕微鏡技術によって成し遂げられた.
  生成できるとなれば,真っ先に興味がわくのはその電子構造であるが,これを計算するのは容易ではない.ナノチューブだけでもそのユニットセルの大きさゆえ,膨大な計算を必要とする.そこにさらにフラーレンが加わるわけであるから,如何に計算機資源が豊かになった今日でも,電子状態の計算はまだまだ大変である.しかし最近,ユニットセルが最小のアームチェアー型ナノチューブと最小のフラーレンC60の組み合わせについては,筑波大の岡田等により計算された9).結果は非常に興味深い.ここでは詳しく説明するスペースも著者の能力も無いが,C60を(10,10)チューブに挿入した系では,C60のLUMOバンドの一部がフェルミレベルまで下り,もともとのナノチューブのキャリアとともにmulti-carrierの系となる.元来,1次元系ではパイエルス不安定性により金属絶縁体転移がおこるが,ナノチューブの場合は金属状態を保つことが知られている.しかし,内部のC60上のキャリアについては事情が異なり,C60格子の変形,例えばダイマー化を伴ったパイエルス型転移が期待されるとしている.また,ナノチューブにはNearly Free Electron (NFE) stateと呼ばれる,電子散乱を受けない状態がチューブ間やチューブ内の空隙に存在することが理論的に示されているが,C60@(10,10)の系ではこのNFEとC60の軌道間に混成が生じることが示されている.C60-peapodを用いてFETを作製すれば,NFE stateを利用した高易動度デバイスを作製できる可能性もある.興味深いことに,これらの特異な電子構造はナノチューブの直径(つまり,C60とナノチューブの隙間の大きさ)に依存しており,C60@(9,9)ではこのような電子状態は実現されない.これらは,今後分子デバイスとしてのナノチューブ及びpeapodの応用に大きな意味を持つ結果である.また,最適化された構造をみると,細めのナノチューブにフラーレンを挿入した系では,実際のエンドウ豆のように,ナノチューブもフラーレンに沿ってでこぼこしているらしい.STMやSTS観察でこれらの構造的・電子構造的特徴が検証される日も近いであろう.
さて,Luzziらの研究フィールドは電子顕微鏡の中であるから,ほんのわずかの試料があれば,観測可能であるが,物性研究に発展させるには,より高純度かつ均質で大量の試料が必要となる.本稿では,高純度試料の作製方法について簡単に触れ,その後電子線回折,ラマン散乱スペクトル,光吸収スペクトルからfullerene-peapodの構造と電子状態について議論したい.

Figure-1
図1:C60を内包した単層カーボンナノチューブの高分解能透過型電子顕微鏡写真.撮影はJST 平原佳織による。

2. 高純度fullerene-peapodの合成
2.1 直径を制御したナノチューブの合成と精製
ひとたび合成可能であることが示されれば10),高収率合成はそれほど困難ではない.生成機構を見極め,理想に近い条件を実現するだけである.我々は,フラーレンを内包するのに最適な直径を持つナノチューブの合成からスタートした.それを用いて高純度の穴あきナノチューブを準備し,単純な合成法で高純度のfullerene-peapodを合成することに成功した.11)
レーザー蒸発法の場合,触媒の種類と電気炉の温度を調整することで,作製されるナノチューブの直径分布を制御することができる12).フラーレン内包に適したナノチューブの直径は(10,10)程度である.この直径を持つナノチューブの生成には,NiとCoの合金触媒がもっとも適している.また,この触媒を使ったナノチューブは,容易に高純度精製が行えるという利点もある.fullerene-peapod作製時には,高温で反応させるため,試料中に金属微粒子が残留していると,触媒作用のため反応過程でフラーレンを分解してしまう.そのため,試料中の金属触媒を除去することが非常に重要となる.ここでのナノチューブ合成パラメータを以下に示す.
ターゲット:Ni/Co(0.45/0.45 at.%)触媒含有グラファイトターゲット
雰囲気ガス:アルゴン500 Torr
電気炉温度:1250℃
レーザー出力:300 mJ/pulse(10Hz)
レーザースポットサイズ:5 mm
この条件で作製される未精製すすにおけるナノチューブ含有率は60〜70 %程度である.このすすを過酸化水素還流法により精製し,高純度ナノチューブを得た.過酸化水素還流法は,東北大の田路ら13)により開発された精製法であるが,ノースカロライナ大の下田等14)は,レーザー蒸発法で作製された試料をこの精製法で精製すると,極めて効率よく精製されることを見いだした.筆者等は,精製前にナノチューブを真空中で熱処理し,フラーレンを完全に除去するなど,いくつかの改良を加え,高純度の試料を準備した.なお,残留金属微粒子は,過酸化水素処理後,試料を塩酸で洗浄することにより除去した.なお,精製されたナノチューブのX線回折パターンの解析から,ナノチューブ内への大気の吸蔵及び放出が確認され,精製過程でナノチューブのキャップが除去されたことを確認している15)

2.2 fullerene-peapodの合成
フラーレンの内包は,フラーレンを気化させることにより行う.高純度の穴あきナノチューブと,単離精製されたフラーレンを石英管に高真空下で封じ込め,その後650℃の温度で2〜6時間保持する.この温度ではフラーレンは気体になり,精製過程で形成された欠陥からナノチューブの内部に侵入していく.反応後は,試料をトルエン中で超音波洗浄し,ナノチューブの外側についたフラーレンを除去する.こうして得られたfullerene-peapodの典型的な電子顕微鏡写真を第1図に示す.ほとんどすべてのナノチューブにC60が高密度に挿入されていることがわかる.残念ながら,ナノチューブの単離精製はまだ成功しておらず,多種混合物であるが,内包されているフラーレンは純粋なC60である.もちろん,C70をはじめとする他のフラーレンを用いて作製することも可能である16).ここまで高収率・高密度にフラーレンが内包されれば,炭素の新たな固体相と呼んでもよいだろう.また当然のことながら,これは天然には存在しない人工固体である.

Figure-2
図2:(a)C60および(b)C70を内包した単層カーボンナノチューブの電子線回折パターン.どちらもナノチューブの軸は水平方向.

3.電子線回折によるFullerene-peapodの構造解析
  高分解透過型能電子顕微鏡写真は,直接的にフラーレンの配置を見せてくれるが,構造を統計的に議論するには,X線回折や電子線回折が有効である.特に電子線回折では微視的な部分に電子線を絞って観察できるため,大きな単結晶が得られない場合に適している.C60-peapodおよびC70-peapodの電子線回折パターンを第2図に示す.どちらの場合も,ナノチューブを構成しているグラフェンシートからの(100)反射によるリングの内側に,数本のストリークが観測される.回折パターンでのストリークは,実空間での1次元ドット列を意味しており,ナノチューブに内包されたフラーレンの1次元結晶からの回折線であることがわかる.ストリークの間隔から1次元格子の格子定数を求めることができ,C60-peapodでは約0.95 nmである.この値は非常に面白い.これは,C60 fcc結晶内の分子間距離1.00 nm17)よりも短いが,ポリマーの分子間距離0.92 nmよりは長くなっている.また,ストリーク線の幅はややブロードで,C60が均一な間隔で並んでいるわけではないことを示している.この結果は,例えばC60が2量体や3量体を形成していると考えるとうまく説明がつく.
 C70-peapodのストリークはさらに面白い.この場合は間隔の異なった2種類のストリークが観測され,異なる格子定数を持つ2種類の1次元結晶が存在することを示している.また,ストリークの線幅は十分にシャープであり,それぞれはC60-peapodのような混合相では無い.それぞれの格子定数は1.00 nmと1.10 nmであり,C70の異方性を考慮すると,それぞれナノチューブ軸と短軸方向をそろえて密に並んだ高密度結晶と,長軸方向をそろえて並んだ低密度結晶に対応している.我々はこれをそれぞれstanding alignmentとlying alignmentと呼んでいる.構造の模式図を第3図に示したので,参考にしていただきたい.興味深いのは,入れ物であるナノチューブの太さは様々なものがあるのにも関わらず,C70の並び方に中間的な構造が無いということである.母体となるナノチューブの平均直径は,X線回折パターンのシミュレーションから1.36 nmと見積もられ,ほぼ(10,10)に近い直径をもつ.これはC60の内包には十分な太さであるが,C70の長軸を中で立たせるには少し細い.それにもかかわらず,回折線の強度から見積もって約半数のC70がこの配列を取っているということは,ナノチューブ内部でC70がこの配置を取りたがっていることを示している.もちろん,充分細いチューブを使って試料を作製すれば,すべてのC70がlying alignmentになることは確認済みである.しかし,その場合の収率は半分以下に減少する.
Figure-3

図3:ナノチューブ内部でのC70分子の配列模式図.上下の実線がナノチューブの壁を表す.

4  ラマンスペクトル
4.1 C60-peapodのラマンスペクトル
Fullerene-peapodは「フラーレンを内包したナノチューブ」と「ナノチューブに内包されたフラーレン」の2つから構成されているわけであるから,ラマンスペクトルは,単純にはこれらの重ねあわせで説明可能である.当然,フラーレンを内包することにより,ナノチューブのラマンモードも変化を示すが,ここでは,ナノチューブに内包されたフラーレンのラマンについてのみ議論する.第4図にC60-pepaodの典型的なラマンスペクトルを示す.上が液体ヘリウム温度におけるスペクトル,下が室温でのスペクトルである.なお,試料は冷却する前に暗所,真空中,450℃において焼鈍を行っている.またクライオスタットはガスフロータイプであり,液体ヘリウムで直接試料を冷却している.ヘリウム温度では結晶の場合と同様に18),レーザー光照射によるスペクトルの変化は観測されず,C60分子のラマン活性モードがすべて観測されている.しかし詳しくみると,85〜100 cm-1の低波数域にC60分子には存在しない複数のピークが観測される.振動数から,外部振動モードであると思われ,96 cm-1に報告されているC60ダイマー(C120)の外部振動モード19)に類似したものと同定される.分子内振動モードを見ると,2つのAgモードがfcc結晶に比べて相対的に非常に弱くなっており,振動数も数cm-1低い.また,Hg(1)モードは分子の対称性の変化に敏感であり,ダイマー化により3本に分裂することが知られているが,観測されたHg(1)モードは,ほぼそれに対応するブロードニングを示している.ラマンスペクトルに見られるこれらの特徴は,ナノチューブ内のC60がダイマーもしくは3〜4量体構造をとっていることを強く示唆している.液体ヘリウム温度にてレーザー照射したことがダイマー化の原因とも考えられるが,室温下の電子線回折において,すでにダイマーの存在を示すストリークが観測されていることを考慮すれば,試料作製時にすでにダイマーやオリゴマーが形成されていたと考える方が自然であろう.
試料の温度を室温まで上げ,真空中で再度ラマンスペクトルを測定すると,C60分子由来のスペクトル強度のほとんどは一瞬で失われ,1424および1467 cm-1の2本のラマンピークのみが観測されるようになる.このスペクトルは高温高圧合成で作製されたorthorhombicポリマー相C60のラマンスペクトル20)によく似ている.orthorhombic相はC60の1次元ポリマーの集合体で構成されていることから,ナノチューブ内のC60はレーザー光照射により1次元ポリマーを形成したと考えられる.

Figure-4
図4:C60を内包したナノチューブのラマン散乱スペクトル.励起波長は488 nm.

4.2 C70-peapodのラマンスペクトル
C70の結晶は室温で光重合を示さないことが知られている.C70は第3図に見られるようにラグビーボール型の構造をとるが,その長軸上にも短軸上にも2重結合を持たず,2+2シクロ付加反応を起こすためには,互いに斜めに傾かなければならない.したがって,光重合のためには分子の自由回転が必要となるが,結晶中C70の自由回転の相転移温度はその異方性によりC60よりも100 Kも高い361 Kであり17),室温を超えている.ナノチューブに内包された場合も,室温にてラマンスペクトルに変化は観測されず,光重合は生じていないことが確認された.ラマンスペクトルを第5図に示す.上のスペクトルがC70-peapodから空のナノチューブのスペクトルを差し引いたもの,つまりC70-peaのスペクトルである.ただし,1350 cm-1に見られるブロードなピークは,欠陥に由来するナノチューブからのラマン線である.下のスペクトルは,同条件で測定されたC70薄膜のスペクトルで,参考のために示してある.
C70-peaのスペクトルを見ると,C60-peapodの場合と異なり,室温においてもC70のすべてのラマン活性モードが観測されている.しかし,詳しく見るとラマン強度に異常が見られる.710 および 1470 cm-1のモードは,C70薄膜に対して約1/2の強度を持っているが,1200 cm-1付近のモードは1/10程度の強度しか持たない.つまり,内包により振動モード選択的にラマン強度の圧縮が起こっていることになる.1200 cm-1付近の振動数帯は基本的に5員環に関係する振動モードであり,ダイマー化することにより著しく強度が減少することが分かっている21).しかし,C70-peaの場合,電子線回折の結果を考慮すれば,自発的なダイマー化やポリマー化は生じていないと考えられる.だとすれば,ラマン強度の減少は,別の原因でひきおこされる分子の対称性の変化によるものと考えざるをえない.例えばstanding alignmentをとることで,C70に一軸性のストレスがかかり,分子の対称性が変化したとも考えられる.
なお,710 cm-1のラマンピークの強度が,内包されているC70の数に比例すると仮定すれば,C70-peaと薄膜のラマン強度の比較から,C70の充填率が少なくとも50%以上であると見積もられる.TEM観察で見積もられる充填率は70%以上であるが,これはそれと矛盾しない結果である.

Figure-5
図5:C70を内包したナノチューブのラマン散乱スペクトル.空のナノチューブのラマンスペクトルを差し引いてある.


5 光吸収スペクトル
5.1 C60-peaの光吸収
 単層ナノチューブには,1次元van Hove特異点による状態密度の発散があり22),その状態間の光学遷移に伴う励起子吸収23)により,近赤外から可視域に特徴的な吸収構造が観測される24).fullerene-peapodの場合はこれに加えて,内包されているフラーレンによる光吸収が観測されるはずであるが,その寄与は相対的に小さく,一見すると空のナノチューブの光吸収スペクトルとの差はクリアーでない.しかし空のナノチューブの吸収を差し引いて,フラーレンを内包したことにより増加した分を抽出してやると,そこには見慣れた吸収構造が見えてくる.第6図にC60-peaの光吸収スペクトルを示す.同じ単層ナノチューブを使用しているが,空のナノチューブとpeapodの試料は別の薄膜であるため,引き算を行うために,適当な定数をかけてスペクトルの調整を行っている.その際,ナノチューブ由来の赤外吸収構造がうまくキャンセルするように調整したが,完全にはキャンセルできずに,0.7, 1.2, 1.8 eVに大きな構造が残留している.これらのピーク位置は,元々の吸収構造よりも若干低エネルギー側にずれていることから,フラーレンを内包した事によるナノチューブのバンド構造の変化と考えられる.同様の結果は共鳴ラマン効果にも観測され,試料全体の吸収バンドだけでなく,構成している個々のナノチューブのエネルギーギャップもわずかに小さくなっていることが分かっている.もちろん,試料に含まれるナノチューブの直径分布の微妙な違いに起因する可能性もあるため,今後の詳細な追試が望まれる.とはいうものの,引き算によって現れた吸収構造は,まさにC60の吸収スペクトルに類似している.参考のために,C60のヘキサン溶液と薄膜のスペクトルも示してある.興味深いのは,C60-peaのスペクトルが,薄膜のスペクトルに似ていることである.そもそも,溶液のような孤立系の吸収スペクトルと薄膜のスペクトルで吸収ピーク位置が異なるのは,局所電場効果の寄与が大きい25).C60の結晶はfcc構造であり,12個の最近接分子を持つが,C60-peaでは近接分子は2個しかない.C60-peaが真空中に存在する一次元チェーンであるとすれば,C60-peaはむしろ孤立系に近い吸収ピーク位置になるはずである.C60-peaのスペクトルが孤立C60ではなく,薄膜に似ているということは,C60-peaの感じている局所電場が,孤立C60のそれよりも結晶のそれに近いと言うことであり,それはナノチューブからの寄与が大きいためと考えられる.この状況は,2.6 eV付近の吸収構造にも現れている.この吸収バンドは固体相固有のものであり,電荷移動励起子によるものと考えられている17).C60-peaにおいても薄膜と同様の吸収バンドが観測されているということは,C60間だけでなく,C60とナノチューブの間で電荷移動励起子が形成されていることを示唆している.岡田らによる理論計算9)でも,C60が内包されることにより,C60および(10,10)ナノチューブの電荷の一部が,C60とナノチューブ間に移動することが示されている.

Figure-6
図6:C60を内包したナノチューブの光吸収スペクトル.

5.2 C70-peaの光吸収
 C70-peaの光吸収スペクトルを第7図に示す.この場合も,どちらかというと薄膜の吸収スペクトルに似ているものの,吸収ピークが大きく低エネルギー側へシフトする等,C60-peaの場合に比べて大きな変化が観測されている.薄膜において3.3〜3.8 eVに観測される吸収構造は,成膜条件等で微妙に変化することが知られており,C70分子のおかれた環境に敏感な吸収構造であることが経験的に分かっている.C70-peaにおいて,これらのピークが大きく低エネルギー側へのシフトしているように見えるのは,C70-peaが感じている環境が,薄膜や結晶と大きく異なっていることを示している.窮屈なstanding alignmentを好むことにより,ナノチューブとの強い相互作用が生じていることがその原因として考え得る.また,C70薄膜においても2.4 eV付近に電荷移動励起子の吸収が指摘されているが,C70-peaにおいても対応するエネルギー域にブロードな吸収構造が見られ,この系においてもフラーレンとチューブ間の電荷移動が示唆される.

Figure-7
図7:C70を内包したナノチューブの光吸収スペクトル.


6 内部圧力効果
C60のダイマー化,C70のstanding alignmentをひきおこす原因は何であろうか.そもそも,フラーレンがナノチューブ内に高密度に充填されるdriving forceは,フラーレンとナノチューブ間に働くファンデルワールスの相互作用であると考えられている.この相互作用のために,フラーレンはナノチューブの外にいるよりも内側に入ったほうが安定となる.つまり,外にいるフラーレンは,落とし穴に落ち込むようにナノチューブの内部に吸い込まれて行くのである.岡田等の計算9)では,C60@(10,10)の系でのC60一個あたりのエネルギー利得は約0.5 eVと非常に大きい.また,スライドに必要なエネルギーは0.002 eV/atom程度26)であるから,室温下ではC60はナノチューブ内を抵抗無く動けるものと考えられ,チューブ内に密に充填されること自体は全く不思議ではない.しかしこれだけでは,ダイマー形成等,観測されている実験事実を説明できない.
ここで,フラーレンを剛体球,ナノチューブを剛体管と仮定すれば,0.5 eVのエネルギー利得に対応する力として,入り口付近のC60は内部のC60を約100 pNの力で押すことになる.これをC60の断面積で割れば,圧力は約0.2 GPaとなる.詳しい計算根拠は知らないが,Tomanekも同様の0.1 GPaという内部圧力効果を主張している27).実際には,エネルギーの利得はフラーレンとナノチューブの複合系全体の利得であり,またフラーレンやナノチューブには内部自由度があるため,内包により得られたエネルギーすべてがC60の並進運動に変わるわけでは無く,実際の効果はずっと小さなものになるとも考えられる.しかし,このような内部圧力効果が存在するとすれば,実験結果をうまく説明できる.C60 固体の相図を見ると,室温において高圧下での安定相はダイマー相である28).相転移圧力は静水圧で1 GPa程度であるが,ナノチューブ内のC60が感じる圧力は1軸性の圧力であるから,より低圧力で自発的なダイマー生成が起こる可能性がある.また,内包されたC60の電子状態がナノチューブからの電荷移動によりダイマー化しやすい状態になっていることも加勢すると思われる.C70-peapodにおいては,分子の構造に異方性があるため,より高密度の配列をとることにより圧力を緩和しようとして,できる限りstanding alignmentをとると考えれば,観測された事実をうまく説明できる.この配列では,2重結合が向かい合うことは無いので,C60のように重合反応が起こることは無い.

まとめ
 以上の結果を総合して,多少の想像も含めてfullerene-peapodの構造についてまとめると次のようになる.C60-peapodの場合,peapod生成過程において,その電子構造および内部圧力効果により,自発的にダイマーもしくは3〜4量体が形成される.室温においてこれらはポリマー軸を回転軸として回転しており,青色レーザーの照射により瞬時に光重合反応を起こし,ナノチューブ内で1次元ポリマーを形成する.一方,C70-peapodの場合は2重結合の配置によりダイマー化はおこらず,内部圧力効果により高密度の配列をとろうとして,短軸方向をナノチューブ軸にそろえたstanding alignmentが支配的になる.これはC70とナノチューブ間の大きな相互作用をうみ,ラマンスペクトルや光吸収スペクトルに大きな変化を与える.
もちろん,以上の解釈には多くの想像が含まれており,今後丁寧な実験によって検証する必要があるのは言うまでもない.しかし,実験的に観測された構造的特長は,単にナノチューブとフラーレンの混合物の域を越えており,まさに超分子構造,新しい炭素の固体相と呼ぶにふさわしいものであるといえよう.今後,孤立fullerene-peapodの物性測定が可能になれば,面白い物性が見えて来るにちがいない.
さて,ナノチューブの内側は,フラーレンのみに許された空間ではなく,多種の物質に対して内包構造を構成することが可能である29).今後ナノチューブをベースとした新物質開発が盛んに行われることを期待したい.

ここで紹介した研究内容は,東京都立大学の阿知波洋次,鈴木信三,菊地耕一,兒玉健,および科学技術振興事業団の平原佳織,名城大学およびNECの飯島澄男,マックスプランク研究所のKratschmerとの共同研究である.電子線回折の測定には都立大学,見ア吉成氏にお世話になった.また,東京工業大学の斉藤晋先生,筑波大の岡田晋先生,ミシガン州立大学のTomanek先生に貴重なアドバイスをいただいた.ここに感謝の意を表する.この研究の一部は,日本学術振興会未来開拓事業及び科研費特定領域「フラーレン・ナノチューブネットワーク」の補助金のもとに行われた.


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